高木知美

MEMBERCA|職務限定で専門性を磨く

どんな挫折も、人生の糧になる。
転職者の想いに、
全力で向き合っていきたい。

高木知美キャリアアドバイザー


高木知美
高木知美キャリアアドバイザー

大学卒業後、地方銀行に入社したものの、3ヵ月で退職。キャリアアドバイザーの支援を受け、学習塾に転職した後、2013年10月にリクルートキャリアへ。職務・勤務地限定のエキスパート(EXP)社員としてキャリアアドバイザーに。

誰からも信頼され、必要とされる人になりたい

大学卒業後、私は地方銀行に就職したのですが、社風や人間関係が肌に合わず、わずか3ヵ月で退職してしまいました。当時は世界同時不況の真っ只中。人材紹介会社に登録したものの、なかなか就職先が決まらず「私はもう社会から必要とされていないのではないか」と自分を責めることもありました。しかし、担当してくださったキャリアアドバイザーは決して諦めずに、何度も励ましていただき、職務経歴書作成から面談まで粘り強くサポートしてくださったんです。その結果、「学ぶことの楽しさを子どもたちに伝えたい」と、私は学習塾で人生の新たな一歩を踏み出すことに。そして、4年後。次の転職先を検討し始めたときに、当時のことを思い出し、「あのキャリアアドバイザーのように人の転機を支える仕事がしたい。これまで子どもの未来を育んできたように、今度はかつての私のような大人の未来も育みたい」という想いが自然と芽生えてきました。人材業界への転職を決意した私は、最終的にリクルートキャリアのエキスパート社員を選択。職務・勤務地限定でキャリアアドバイザーに挑戦できることは私にとって大きな魅力でしたし、なによりもリクルートキャリアで働く“人”に惹かれたことが大きかった。裏表がなく、相手の成長のために、厳しいことまで率直に話す真摯な向き合い方に、「誰からも信頼され、誰からも必要とされる人間になりたい」という私の理想の姿を見たんです。

高木知美

人生の1ページに、私はいたい

現在、私は毎月20名ほどの方と面談し、一人ひとりに寄り添いながら転職のサポートをしています。1年間で数百を超える人生の転機に触れる。それはキャリアアドバイザーにとって大きなやりがいであると同時に、責任の重さを感じる数字でもあります。順風満帆なキャリアを歩んできた人にとっても、挫折を味わった人にとっても、転職が大きなターニングポイントであることに違いはありません。「人生を変えたい」「環境を変えたい」という想いに私は全力で応えたいですし、一人ひとりの人生の1ページに“高木”という名前が良い記憶として残る仕事をしていきたい。私が大切にしている“高木式面談3原則”は、「褒める」「勇気づける」「共感する」。自分自身もそうでしたが、転職のときは誰しもが不安で、内定が得られないたびに否定されているような気持ちになります。だからこそ、たった2時間、たった一度の面談であったとしても「私にもこんな強みがあったんですね」「自分の次の可能性が見えました」と笑顔で帰宅してほしい。どんな失敗も挫折も、必ず人生の糧になる。ご本人では気付きにくいことでも、私たちが“その人らしさ”を掘りさげることで、他の人にはない“強み”を必ず再発見できる。少なくとも私は、そう信じています。

高木知美 高木知美

人生を変えたい。そう願う、すべての人のために

「高木さん、転職先で営業成績1位を獲得しました」「高木さん、潮風の吹く職場で毎日を楽しみながら過ごしています」。未経験からキャリアアドバイザーになって2年が経ち、現在ではたくさんの感謝の手紙を受け取るようにもなりました。こうした嬉しい報告をいただけることは、キャリアアドバイザーとしての誇りですし、日々の業務に臨むうえでの原動力にもなっています。今注力しているのは、自分が身につけたキャリアアドバイザーとしてのノウハウを同僚や後輩たちに伝えていくこと。塾講師としての経験も活かし、“高木式面談3原則”や“高木式チアアップ”、“高木式伝道活動”など、分かりやすく体系化して開催した勉強会は、リクルートキャリアの社内賞でも高い評価を得ることができました。そうした勉強会を企画したのも、もっともっとたくさんの方の転職を力強く支えたいと思ったからこそ。以前にも増してチームは一人ひとりの想いに寄り添えるようになりましたし、これからも仲間と力を合わせ、切磋琢磨しながら成長していきたい。誰からも信頼され、誰からも必要とされる人間になる。その目標はまだまだ道半ばですが、着実に理想の自分に近づいている手応えを感じています。そして、いつか子どもができたときに、「お母さん、こんな凄い仕事してきたんだよ」と胸を張れたら嬉しいです。

高木知美

※この記事は2016年3月時点のものです

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