失敗から学べ!あの人のしくじり -近藤 裕さん-

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エージェント事業本部 近藤 裕さん

今回は、部下からも同僚からも人望が厚く、一見しくじった経験なんてしていなさそうな印象の近藤。しかし、昔を知る人からは「人が変わったよう」と言われるほど、強烈な体験があったそう。そのターニングポイントとなったしくじりをご紹介いたします!

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リクルートエイブリック新卒入社での、負けなしの3年間

僕は変わった経歴で、新卒で大手の証券会社に入社して8か月で退職しました。エコノミストになりたいと思い、大学院に入学したものの、周りのあまりの頭の良さに、これはついていけないぞ、と挫折。そこから就職をめざし、リクルートエイブリック(のちのリクルートエージェント、2012年からは現リクルートキャリア)に新入社員として入りました。自分で言うのもなんですが、相当優秀な新人でした(笑)。最近、入社して50Q(150か月、つまり12年半)経ったので、その区切りにこれまで営業成績の勝敗を出してみたら(笑)、37勝13敗。リーマンショックも挟んでいるので、割といい数字だと思います。

入社して1年目は東京で不動産専門の営業グループ。営業としてものすごい先輩がいて、その先輩のいいところをマネしていたら自然と売れていきました。そこから、子どもができたタイミングで、奥さんのいる大阪に異動。大阪では、金融と不動産が注力されておらず、「だったら俺がやってやろうじゃん」って一人だけ名刺に「金融・不動産担当」って書かせてもらい、半年でものすごく売り上げを伸ばしました。その結果を武器にチーム化を起案。チームリーダーとなって、1年でチームメンバーを5人集め、売り上げも倍以上に。そのころは本当に調子に乗っていましたね。マネジャーはいらないと言って、目標設定、担当変更、お客様への同行、すべて自分でやっていて。もうこのまま、マネジャーになるだろうな、って勝手に思い込んでいました。

景気の変調を感じながらも、目をそむけてしまった

当時の僕を知っている人から見ると、人が変わったよう、と言われます。支社全体に、求職者の方々との面談や求人紹介を担当するキャリアアドバイザーに対する僕の怒号が響いていて、隣のグループマネジャーが止めに入ったり、「ちょっとやりすぎちゃうか」って言われたり。でも「いやいや、僕が正しいですから」と、忠告も聞かない。自分からチームを作りたいと言い出したんだから成功させなきゃ、ってすごく気負っていたんです。

その調子のまま、リーマンショックが訪れて。お客様の様子から「明らかに変調をきたしているな」「やばいな」と心の底では感じていたにも関わらず、「世間はやばいとか言っているけれど、俺たちは売れているぞ」と無理やり見せていた。冷静に判断して早目に状況判断していれば、リカバリーも効いたのでしょうが、なんとか粘って売上は堅持、でも最後に達成率70%になりました。お客さんが17社くらい倒産したのも目の当たりにしましたし、一緒にがんばっていたメンバーも会社を去ることになったり、異動になってしまったんです。

いまだから分かりますが、当時はお客様のためとかチームのためとかよりも、自分のプライドを守ることが勝っていたんですね。自分で言いだして作ったチームで売上を倍にしたところから、2年も経たずにチームを縮小させるなんて超カッコ悪い。しかも、周りを問い詰めたり、売れないリーダーを追い出したり、とにかく数字至上主義だったので、自分の存在意義を業績でしか示せない状態に自らを追い込んでいたんです。

もう一つ、これも当時は意識できていなかったんですが、コンプレックスもあったのだと思います。同期に比べて3年回り道して入社しているのだから、自分はできて当然だ、かつ、3つ年上の人と比べても自分がやれるということを示し続けなければならない、と。

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自分が出していた成果は自分だけで作ったんじゃない

この痛烈な体験を経て、「自分が」という変な雑念が消え、素直にその人のいい所とか自分より優れているところを認め、感謝の気持ちも示せるように。その姿勢で地道に仕事をしていくうちに、自然とお客様が戻ってきてくださり、気づけばマネジャーにも任用されていました。リーマンショックはすごく辛い体験でしたが、僕にとっては、経験できて本当によかったと思います。もし無かったら今でも昔と変わらない、酷いやつだったかもしれません(笑)。

そんなしくじった僕をマネジャーとして期待をかけてくれたり、成長を信じて新たなチャレンジ(企画職への異動)を提示してくれたり、会社はよく見てくれているなと思います。ただ、企画という仕事はこれまでとは違う畑だったので、かなり苦労しましたが(笑)。
僕、この事業がすごく好きなんですよね。人と企業との間に立って、本来結びつかない人を結びつけるというこの仕事。リーマンショックですごく自分の気持ちも落ち込んだとき、それでもこの会社で頑張ろうと思えたのは当時の社長の村井さんが「決定人数No.1は降ろさない」と言ったから。この目標を諦めていたら、会社を辞めていたと思う。これからも、失敗してもいいという気概と成果にきちんとコミットする姿勢で、チャレンジを続けていきたいです。

もし今、当時の僕と同じようにプライドでがんじがらめになっている人がいたら、本人にももちろんですが、周りの人に冷静になれる事実を示してあげてと伝えたい。熱くなっている時って、どんなに真摯な言葉でも聞けない状態。当時の僕もやばい、と思う指標はいくらでもあったのに、「どう?」と言われたら「何とかなります!」と感情で答えていた。でも定量で見せられたら、ぐうの音も出なかったはずなんですよね。有無を言わせぬ定量データを突きつけて冷静にしてあげる、それが本人のためにもなると思います。

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この記事はリクルートキャリアの社内報をfacebook読者の皆様にも覗いていただくコンテンツですが、「もやもやしているなあ」「なんとなく気持ちよく仕事ができていないな」と悩んでいる方にも何か少しでもヒントとなれば嬉しいです。